止まった振り子と進む時間

カッカッカッカッ ボーン ボーン

純和風の平屋に、振り子時計の音が響き渡る。空襲で焼け、戦後建てなおされた古い日本家屋。そこで私は育った。その家にいつからそれがあるのかは分からないが、産まれた時には存在した。だから"それ"の音は、今でも脳裏に深く残っている。振り子の音は24時間絶え間なく響いていたが、それは耳障りではなく、どこか心を暖かくしてくれた。心音を聞くと落ち着くのと同じだ。産まれた時から聞いているので、そうなったのだろう。

その時計も家の主がこの世を去るのを見届け、役目を終えた。

「あの有名な歌そのものだな」と、私は音を失った家でほくそ笑むのであった。


私の部屋に来た人は、部屋の中に時計が無いことに気づくかもしれない。なぜ無いのか、理由は簡単だ。必要ないから置いていない。ただそれだけだ。携帯電話のアラームさえあればいい。困ったことは一度もない。
しかし前職は時間を重視する職場であったため、腕時計には気を使っていた。腕時計といえば昨今は「ソーラー電波時計」が流行っているが、あんなもの前の職場では全く役に立たなかった。いろいろな電波が飛び交うな中で、電波時計が正しい時間を刻むはずが無く、年がら年中光のある場所にいるわけじゃない。自動巻きでもいいが、ムーブメントの駆動音が問題となるという普通では考えられない職場だった。結局普通のクォーツ時計が唯一の選択肢なのだ。

だから、買う時計はいつもクォーツである。文字盤はデジタルで、防水のもの。自ずと買う時計は限定される。
携帯電話を持つようになってから、仕事以外の私生活で時計を付けることは無い。時間なんて気にしないからだ。これは今無職だからという話ではなく、そういう体質である。休日は日が昇ったら起きて、腹が減れば飯を作り、日が落ちたら寝ればいい。日常生活で時計を見るのは、カップ麺にお湯を入れた時ぐらいだ。

時間というのは何もせずに流れるもの。仕事ををしている時や、普段は何も感じない。暖かさも、冷たさも。


だけど、あの振り子時計の音が懐かしく感じる時がある。産まれてからずっと聞き続けた音。今居候している両親の家では、クォーツ時計が置かれている。


チクタクチクタクと、クォーツは一定のリズムを刻む。


…耳障りだった。クォーツが刻む音は、とても冷たい。同じ時計の音なのに、こんなにも感じ方が違うのか…。



ここ最近、時間というものは無情だと感じることが多い。時は人は老化させ、病状を悪化させ、大切な人たちを奪っていく。時が進むにつれ、事態は悪くなるばかりだ。なぜ?あの振り子時計が動いていた頃は、時間は温かいものだった。幸せな時間を与えてくれていた。3時の時報がなれば、みんな自然と茶の間に集まっていた。

あの振り子時計が止まってから、急速に冷え込んだ「時間」。


先日私が生まれ育った実家に行ってきた。今は誰もいない、振り子の止まった静かな家である。ここの時間はあの時から止まっているようで、進んでいる。確実に、悪い方向に。
ここに誰も住んでいない理由、それは誰も住みたくないからだ。親兄弟の遺産相続で誰が引き取るか問題となり、結果的に誰も手が出せない状況になっている。売ってお金にし、平等に分配しようという話も出たが、家が古く立地も悪いために買い手はつかなかった。

なぜだろう。この話には、暖かさが感じられなかった。遺産相続のどす黒い人間の闇ばかり見えた。こうしている間にも、冷たい時間が流れる。

振り子時計だから温かいとか、クォーツだから冷たいとか、そういうことではないと気づいた。何が刻もうとも、冷たい時間が流れるだろう。そう、冷たいのは、時間そのものだと。


でも私は、またあの家に温かい時間を流したい。そして私は、仕事を辞める決意をした*1


ここまで書いて、同じ日更新のチャリカメ成長記とテンションの違いにビックリ。

*1:旅もしたかったし